何人集まれば、哲学対話ができるの?

(以前書いたものを加筆しました。)

街で行われている哲学カフェについては、4人くらいでも楽しい、とか20人くらいでも面白い、とか色々な意見はありますね。
学校の哲学対話だと、1クラス30~40人というベースがありそうです。
ボク個人の意見では、4、5人から10人くらいがベストのような気がします。

という話はさておき、もう少し独自研究な話をしますと、「一人でも哲学対話はできます。」

例えば、哲学カフェでこんな会話があったとします。
Aさん「愛と恋は何が違うのかな。」
Bさん「愛は家族との間の家族愛もあるけど、恋は恋人との間でしかないよね。」
Cさん「それじゃあ、恋人に対する感情では、愛と恋の違いはあるのかな。」
Dさん「今すぐ会いたいっていうソワソワした気持ちが恋で、大切にしたいっていう落ち着いた気持ちが愛だよ。」

一人で哲学対話をするとは、こんな会話を一人っきりで行うということですね。
独り言っぽくて、なんだか気持ち悪いけど、ちょっと状況を変えて、こんな感じだったらどうでしょう。

Aさん 夕食後、歯を磨きながら「愛と恋は何が違うのかなあ。」と、ふと思う。
Aさん 風呂に入りながら「愛は家族との間の家族愛もあるけど、恋は恋人との間でしかないよなあ。」と呟く。
Aさん 風呂を出て、手元のメモ用紙に彼女の名前を書きながら「それじゃあ、○○(彼女の名前)に対する感情では、愛と恋の違いはあるのかなあ。」と、メモに「愛」「恋」と書き足す。
Aさん 寝ようとしたけれど寝れず、彼女にメールを打ちながら「今すぐ会いたいっていうソワソワした気持ちが恋で、大切にしたいっていう落ち着いた気持ちが愛なんじゃないか。」と気付く。

登場人物は(多分、彼女ができたばかりの)Aさん一人ですが、夕食後、寝るまでの間に徐々に考えを深めていく感じがあり、
これを哲学対話と言っても、あまり違和感はないのではないでしょうか。

このような意味で、私は、一人でも、ある程度時間をかけ、過去の自分の考えを客観的に捉えるような間(マ)を確保できるならば、哲学対話は可能だと思います。
というか、一人であっても、10人であっても、(皆で)自問自答をしつつ、時間をかけて物事を理解していくプロセスは、全て哲学対話だと思います。

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