ヨコハマタイワ16でした

昨日はヨコハマタイワ16。天気も雨と風で遠出なんてしたくない、哲学カフェくらいがちょうどいい、哲学カフェ日和でした。

会場の都合から11名の上限の申し込みがあり満員御礼だったところ、2名キャンセルで9名の参加でした。
11名全員だと、ちょっと部屋が息苦しいくらいのジャストサイズな部屋なので、このくらいがいいかも。(このキャンセルを見込んだちょうどいい感じ、自画自賛!)
ということで、キャンセルは全然OKですよ。少なくとも僕のところは。

男女はちょうど半々くらい、哲学カフェが全く初めてという方も2名いらっしゃって嬉しかったです。やっぱり初めての方に届けられたというのは意義深さを感じます。

13:30にスタートし、簡単に自己紹介をして、名前だけではつまらないので皆さんにオススメの本や映画などを一言いただきました。
とても興味深かったので、一応メモしておきます。(まずかったら削除するので言ってね)
「風の谷のナウシカ(漫画)」「ブレードランナー」「きっと、うまくいく(インド映画)」「7200秒からの解放(ノンフィクションの本)」「パプリカ(アニメの映画)」「幽霊の動画」「(ご自身でやる)哲学カフェ(これは別途紹介します)」「柳家 喬太郎(落語家)」「パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々」
どれも面白そう。この自己紹介のやり方いいな。
(自己紹介をしない哲学カフェが多いですが、うちはすることが多いです。)

そのあと、僕が事前に設定していた「どうなったら平等ということになるのか。」というテーマで話し始めました。
後でネタバラシをしたのですが、僕はこのテーマを設定したとき、「平等って何?」と「平等への道筋や、平等になったという確認ってどうすればいいの?」という二つのテーマを合体させて作ったつもりでした。
だから、当たり前というか当たり前なのですが、「平等って何?」という話と、平等?への道筋的な話が混ざり合いながら進んでいったように思います。
だけど、そう想定通りにいかないのが哲学カフェの面白いところで、「そもそも平等って目指すべきものなの?」とか「そもそもかなり平等じゃないの?」とか僕が考えてもいなかった視点が次々と出てきました。
「公平と平等は違うんじゃないか。」「お金の不平等のほかに属性の不平等や、存在の不平等もある。」といった話もありましたね。
色んな話が展開してきたので、1時間くらい経ったところでいったん休憩。
休憩後に、全員に、今まで出たこともふまえてどういう話をしたいかを話してもらい、なんとなく互いのイメージを確認したところで、続き。
「とてもお腹がすいている人とお腹いっぱいの人に同じ大きさのケーキをあげるのが平等なのか。」とか「人間は無関心やいじめたいという本能により差別をしてしまうのではないか。」とか色々面白い話が出ました。後半は僕も結構熱くなって他の人の論を否定したり、自説を論じちゃったり、参加者として楽しんじゃった気がします。
で、あっという間に更に1時間15分が経過し休憩。でも、まだいけそうなので、更に30分くらいやっちゃいました。3時間弱お疲れ様でした。

最後に感想をいただきましたが、楽しかったという声もあった反面、「抽象度が高いテーマで、何を話せばいいのかわからなかった。」という声も。
(事前にテーマを設定すると、どうしてもテーマについての反省点が出てくるんですよね。だから僕は事前にテーマを決めないのが好きだったりします。)
終了後は、雨だったので、あまりブラブラせず、駅の居酒屋で打ち上げました。途中で帰った方もいらっしゃいましたが16:30過ぎから3時間近くお付き合いいただき、楽しく飲ませていただきました。(ソフトドリンクの方もいたので飲まなくても大丈夫です。)
皆さん、僕のことをチヤホヤしてくれてありがとうございます。

一応自分のためのメモということで、今回、「平等」について僕が気づいたこと。
「平等にするためには、不平等と感じた人が声を上げ、そして周囲の人もその話を聞き、情報交換(対話)をすることが大切だ。そうしないと、そこに不平等があることも気づかない。
また、そうしないと、そもそも、何が平等な状況かもわからない。なぜなら、平等というのは、単に同じ量を分配すればいい、というような話ではなく、みんなが公平と感じ、納得して受け入れるということだからだ。そのためには自分の思いも含めて、しっかりと相手に伝え、相手の思いを受け止めなければならない。」
(その場では一言だけで終わってしまった話も使ってつなぎあわせているので、参加した方からはそんな話じゃなかったじゃん、と言われそう。だけど、僕なりのストーリーということでご容赦を。)

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