ヨコハマタイワ51と52の記録 テーマは「憧れってなんだろう?」と「嗜好品(必要じゃないもの)って必要?」

今回のヨコハマタイワは2連続開催でした。
最近、すぐに満席なので、2回開催すればいいかと思ったら、やっぱり数日でいっぱいでした。今回の参加者から話を聞くと、数千円の参加費のところもあるそうで、無料なのは大きいな、と思いました。
ただ、それでも数日の間に新しく見つけてくれた方もいて、8名定員×2回=16名のうち、5名が初参加だったので、ちょっとは幅広い方に届いたのかも。常連さんもコミュニティっぽくてうれしいし、新しい方もうれしいし、贅沢な悩みですね。


2連続開催のうち1回目のほうは、事前に僕が設定した「憧れってなんだろう?」というテーマで話しました。会場の都合で時間が少し短めでしたが、最初から、「お、今回は話の展開が速いぞ。」と身構えるほどに皆さん積極的で、1時間30分とは思えないほど色々な話ができました。
ちなみに、テーマにした理由は、僕自身が「憧れ」という言葉に全然ピンと来なかったからです。憧れという語彙が人生の中にないという感じ。
そこで、皆さんの考えを聞いてみたかったものです。
そこで出た意見を僕なりにまとめて列挙してみます。
・憧れは、目標、夢、恋愛とは違う。
・憧れは、子供の頃にあったけれどなくなったもの。叶ったにせよ、諦めたにせよ。
・憧れとは、過去の選択肢の中で選ばなかった方の選択肢のこと。
・憧れの(同性の)先輩(目標に近いかな)、憧れの(異性の)先輩(恋愛に近い)、憧れのハワイ(土地)、憧れのパイロット(職業)など、色々な使い方がある。
・その中で、一番、人に対する憧れが大事。
・憧れとは自分にはないもので、自分の中に取り込んでマネをしたくなる気持ち。
・憧れは主観的なもの。自分の中で完結した原点。不可侵のもの。
・憧れは、ワクワク・キラキラしてるもので、あえて深く理解するのでなく、ワクワクの引き出し(ワクワクBOX)にしまっておくもの。
・憧れは、自分からの距離がある遠い存在。現実感がなくて触れられないもの。
・憧れは、選べなかった過去で、そこで止まったタイムカプセルのようなもの。
・憧れは、淡いポジティブさ。思い出として美化されている。
・憧れはお気楽で現実逃避な面もあるけど、それがいい。目標だと責任が生じる。
あえて箇条書きにしましたが、それぞれの話は、響き合い、影響し合って、どことなく「ひとかたまり」の「憧れ」像を描写することに成功しているようにも思えます。
きっとこれは、「憧れ」という言葉の答えがどこかに隠されていたのを、名探偵のように解き明かしたということではないでしょう。それより、参加者の中にあった「憧れ」という言葉が、対話の場の中で引き出され、変容し、なにか「ひとかたまり」のものをかたちづくっていった結果と言ったほうがいいように思います。
学会に発表したり、辞書に載せたりするような正しさはないけれど、この場の参加者の間では、何かを共有したという達成感がありました。
特に僕は、この「憧れ」像が、未来よりも過去に向いているというのが興味深かったです。未熟な僕が、未熟な僕を全肯定したまま、思い出としてそっとしまっておくというイメージ。僕は「憧れ」という言葉が全然ピンとこないのですが、そういうのがあったらいいかもなあ、と思いました。「憧れ」に憧れる感じ。
1時間30分で、休憩なしで一気にやりましたが無事走り終えました。皆さんお疲れ様でした。


20分くらい間を置いて、「嗜好品(必要じゃないもの)って必要?」というテーマで本日2回目をやりました。(こちらは、いつもどおり2時間弱で、5分休憩を入れました。)
このテーマは、数回前に参加者から出たテーマで、残念ながら採用されなかったので、今回やってみたものです。そのときテーマを出していただいた参加者にも参加してもらえたのでよかったです。
僕がイメージしていた嗜好品とは、コーヒーやお菓子のことです。まあ、あったほうが幸せだし人生も豊かになるけど、本当に必要なのかな、ということを話すつもりでした。
ですが、早いタイミングで、マイケル・ジャクソンが登場して、メリハリが効いた話ができたように思います。
実は、マイケル・ジャクソンは1回目の話の中でも登場したのですが、「マイケル」という映画がやってるんですね。マイケル・ジャクソンは、自宅に遊園地をつくったり、いわば壮大な嗜好品に囲まれてるんですが、幸せそうじゃない。だから、嗜好品は、幸せばかりではないかもしれない。そんな話でした。
もう一つ大事だと思ったのは、同じコーヒーでも、生活の流れの中で飲むコーヒーと、ちょっとしたご褒美として飲むコーヒーでは違うという話。前者は、いわば必需品で、後者こそが嗜好品だという話でした。
嗜好品は、カフェイン中毒などマイナス面もあるけれど、カフェイン摂取のために飲むのは生活の流れの中の必需品としてのコーヒーのことだと考えることができます。それならば、嗜好品としてのコーヒーはやはりマイナスではないことになります。
実は、僕は事前に嗜好品について考えた際に、「この世界にあるものって、栄養素としての食事や、防寒のための衣服以外は、味噌汁の味やTシャツのプリントも含めて嗜好品ではないか。」とも考えていました。そうすると、要はすべてが嗜好品になってしまうので、この「生活の流れ」の中にあるかどうかで嗜好品か必需品かを見分けるというアイディアはすごく腑に落ちました。
また、参加者から出た、嗜好品の類義語として「贅沢品」があるが何が違うのか、という疑問もなかなかしびれました。言われたときは、「え、金額の問題じゃないの?」と思いましたが、どうもそうでもない。この場では、
贅沢品=他者からの視点、価値よりコストがかかっているというネガティブな評価
嗜好品=自分からの視点、特別なご褒美というポジティブな評価
という分類が導かれました。「贅沢品」という言葉ひとつで他者の視点VS自分の視点という構造が導けたことはすごいと思いました。
きっと、贅沢品という言葉は客観的な価値評価ツールとしての「お金」が深く関わっているから、他者の視点が重要になるんだろうな、と思いました。
一方で、嗜好品という言葉は、お金だけじゃなくて、センスや手間が重要となる。そこで差別化が生じ、いわばカッコつけになる。戦国大名の茶道のように、社会における地位確認のツールにさえなる。なかなか深い話です。
だからこそ、お金でしか差別化ができなかったマイケル・ジャクソンは、どんな贅沢品も自分への特別なご褒美にならず、幸せになれなかったのだな、と納得しました。
ここまで、1時間半くらいかけて「嗜好品(必要じゃないもの)って何?」について考えてきましたが、ここまで答えが出れば、当初のテーマだった「嗜好品(必要じゃないもの)って必要?」の答えが出たも同然でしょう。満場一致で、「必要」という答えになりました。必需品は体の栄養だけど、嗜好品は心の栄養であり必要だ、という話もありました。
どうも皆さん、話しきったという雰囲気だったので、5分くらい早く終了。けど、もしかしたら、僕が流石に2連チャンで集中力が落ちてきたのが参加者に伝わったからかも。
最後のほうはちょっとグダグダだったかもしれません。


こうして2回連続でやってみると、1回目は、発言が終わる前に挙手(発言は挙手制です)があるほど活発で、力技で議論がグイグイ進んでいく感じでした。
一方で2回目は、発言に少し間があって、時々、ポンとキーワード(マイケル・ジャクソン、生活の流れ、贅沢品など)が出て、議論が一気に進む感じでした。
こんな話の進み方の違いが感じられたのが興味深かったです。甲乙つけがたくてどっちもいいな、と思いました。
延べ16名の方にお越しいただき、進行役冥利に尽きます。
けど、やっぱり疲れたので、今後は会議室が長い時間とれたからといって、無理に2回やるのはやめておこう。

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